フスハーと方言は何が違うのか ─ どちらを学ぶべきか
「アラビア語を勉強しています」と言うと、たまに「どこのアラビア語?」と聞かれます。
最初、僕はこの質問の意味が分かりませんでした。
いまなら分かります。アラビア語には書き言葉と話し言葉で別の言語と言っていいくらいの差があって、しかも話し言葉は国ごとに違うからです。
始める前に、ここだけは決めておいたほうがいいと思います。遠回りの原因になりやすいので。
アラビア語には2つの顔がある
フスハー(اَلْفُصْحَى) = 正則アラビア語。書き言葉です。
- ニュース、新聞、書籍、公文書、契約書
- 学校の教科書、大学の講義
- 演説、討論番組
- クルアーン(正確には古典アラビア語ですが、骨格は同じ)
アンミーヤ(اَلْعَامِّيَّة) = 方言。話し言葉です。
- 家庭での会話、友人との会話
- 買い物、道を聞く、雑談
- ドラマ、映画、歌
- SNSの書き込み
つまり、アラブ世界の人は、書くときと話すときで違う言葉を使っています。
日本語で例えるなら、書くときは全員が文語体で書き、話すときは各地の方言で話す、という状態に近い。ただし差はもっと大きいです。
とはいえ、始める前にこの違いを完全に理解するのは難しいと思います。僕もある程度アラビア語が分かってきてから、ようやく腑に落ちました。わからないなりに、とりあえず進めてしまうのがいいかなと思います。
方言の地図
方言はだいたい5つの地域に分かれます。
| 地域 | 主な国 | 特徴 |
|---|---|---|
| エジプト | エジプト | 映画・ドラマで広く流通。他地域でも通じやすい |
| レバント | シリア、レバノン、ヨルダン、パレスチナ | フスハーに比較的近いと言われる |
| 湾岸 | サウジ、UAE、カタール、クウェート | ビジネスの場面で需要がある |
| イラク | イラク | 独自の語彙が多い |
| マグリブ | モロッコ、アルジェリア、チュニジア | 差が最も大きく、東側では通じにくいことがある |
エジプト方言が「一番つぶしが効く」と言われるのは、エジプトの映画やドラマがアラブ世界中で見られてきたからだそうです。
僕の周りのアラビア人フレンズたちが言うところによれば、エジプト方言が一番面白くなれる方言だそうです。正直なぜそうなるのか全く理解できていませんが、日本語でいう「関西弁」的な立ち位置なのかなと推測しています。
どれくらい違うのか
言葉で説明するより、並べたほうが理解できるかなと。
「これは何?」
- フスハー:مَا هَذَا؟(mā hādhā)
- エジプト:إيه ده؟(ēh da)
- レバント:شو هاد؟(shū hād)
- 湾岸:شنو هذا؟(shinu hādha)
「元気ですか?」
- フスハー:كَيْفَ حَالُكَ؟(kayfa ḥāluka)
- エジプト:إزيك؟(izzayyak)
- レバント:كيفك؟(kīfak)
「今」
- フスハー:اَلْآنَ(al-ān)
- エジプト:دلوقتي(dilwa'ti)
- レバント:هلق(halla')
疑問詞や基本的な副詞のような、いちばんよく使う語ほど違ってきます。
一方で、名詞の多くは共通しています。بَيْت(家)、كِتَاب(本)、مَاء(水)はどこでも通じます。骨組みが違って、部品は同じ、というイメージです。
目的別の選び方
ここが本題です。
読めるようになりたい → フスハー
ニュース、書籍、クルアーン、契約書。書かれたものはすべてフスハーです。方言を学んでも読めるようにはならないので、ここは迷わなくていいと思います。
独学したい → フスハー
理由は3つあります。
- 日本語の教材が圧倒的に多い。 方言の日本語教材はほとんどありません
- 文法が体系化されている。 千年以上かけて整理されてきたので、独学しやすい形になっています
- 辞書が引ける。 方言は綴りが定まっていないものも多く、辞書を引くこと自体が難しい
特定の国の人と話したい → その国の方言
来月エジプトに行く、恋人がレバノン人、駐在先がドバイ。目的がはっきりしているなら、フスハーは遠回りです。
僕のフランス人フレンドは、彼女がレバノン系のフランス人で、「彼女は裕に3言語も操っているんだ。僕のモチベーションになっている」と語っていました。 聞くところによると、レバノンで話されているレバント方言には、フランス語由来の単語も多くあるそうです。歴史的なことには踏み込みませんが、言語が為政者の影響を受けている側面を知るのもまた面白いところですよね。。
失礼しました。少し脱線してました。閑話休題でした。
特定の国の人との会話なら、その方言の会話集と、オンラインレッスンでその方言のネイティブに習うのが最短です。
仕事で使う → 場合による
読み書き中心(契約書、報道、調査)ならフスハー。現場での会話中心なら、その地域の方言。両方必要なら、フスハーを先にやったほうが結果的に速いと思っています。
フスハーから始めると、方言はどうなるか
「フスハーを学んでも話せない」という言い方をときどき見ます。半分は本当で、半分は違います。
本当のところは、フスハーをやっておくと方言の習得がかなり楽になる、です。
- 名詞・形容詞の多くが共通している
- 方言の文法は、フスハーの文法を崩したものが多い
- 語根の仕組みは方言でも同じ
逆は成り立ちません。エジプト方言を先にやっても、フスハーが読めるようにはなりません。文法の骨格が違うからです。
だから「まずフスハー、必要になったら方言」は、遠回りに見えて実は近道かなと思っています。
僕はどうしたか
最初、僕はDuolingoから入りました。ここで学べるのはフスハー寄りの内容です。
そのあとオンラインレッスンを受けたら、先生の話す言葉が教材と違って戸惑いました。先生はレバント方言の話者でした。
このときに初めて「どこのアラビア語?」の意味が分かりました。
レバノン人の友人にフスハーを披露したときも、すぐに「うちではこう言うよ」と別の言い方を教えられました。話し言葉の世界は、教材の外にあります。
レバノン人の友人は、僕がフスハーを言うたびに「レバノンではこうで、エジプトではこうで、、」と色んな言い方を紹介してくれてました。
ある時、
「せっかく学んだフスハーを披露してるんだから、その先にまだ学ばなければいけないものがあるってことを暗示しないでくれるか!?」 と冗談で言ってみたことがあります。
彼はめちゃめちゃ笑ってました。 「ほんとそうだよな。せっかく勉強してるのにな🤣わりぃな。俺も色んな地域の言い方調べたりするの好きなんだよ。」 と言っていました。
彼はアラビアの世界で生まれたアラビア人ですが、方言オタクだったようです。
いまはフスハー一本に絞っています。読めるようになりたい、というのが自分の目的だからです。
オンラインレッスンの先生にも、そのように勧められました。
このサイトはフスハー専門です
念のため書いておくと、darasa.jp はフスハーだけを扱っています。方言は扱っていません。
「アラビア語で書かれた文章を、自力で読めるようになる」ことを目標にしているためです。
方言を学びたい方には、この教材は合わないと思います。その場合は会話集とオンラインレッスンのほうがいいかなと思います。
今日やること
自分の目的を、1行で書いてみてください。
「ニュースが読めるようになりたい」ならフスハー。「来月の旅行で話したい」なら方言。
決まったら、文字と発音の第1課から始められます。文字はフスハーも方言も共通なので、どちらに進むにしてもここは通ることになります。
このサイトの学習リソース、ぜひご活用ください🙇