5. 日本語話者のための発音ガイド
このページでは、28文字それぞれの音を、日本語のどの音に近く、どこが違うのかという観点から説明します。
発音は最終的に「聴いて真似る」ことでしか身につきません。このページの役割は、何を聴き分けるべきかを事前に頭に入れておくことです。区別すべき音のペアを知らないまま音声教材に触れても、違いは耳に入ってきません。逆に、ここで「ح と ه は別の音だ」と知っていれば、音声を聴いたときに違いを拾えるようになります。
転写記号の読み方
このサイトで使う学術式ローマ字転写の記号一覧です。点や線が付いている記号は、すべて日本語にない音だと考えてください。
| 転写 | 文字 | 一言で言うと |
|---|---|---|
ʾ | ء | 喉を一瞬閉じる音(「あっ」の詰まり) |
ʿ | ع | 喉を締めて出す有声音。日本語になし |
ḥ | ح | 喉を締めて出す強い息。日本語になし |
h | ه | 日本語のハ行と同じ |
kh | خ | 痰を切るような「ハ」 |
gh | غ | うがいのような音。フランス語の r |
q | ق | 喉の奥で出す「カ」 |
ṣ ḍ ṭ ẓ | ص ض ط ظ | 舌の奥を上げて出す「重い」音 |
th | ث | 英語 think の th |
dh | ذ | 英語 this の th |
ā ī ū | — | 長母音(伸ばす) |
難所1:喉から出す7つの音
日本語話者にとって最大の壁がここです。ء ه ع ح خ غ ق の7文字は、すべて喉のどこかで作られる音で、日本語には ه しか対応する音がありません。
バラバラに覚えるとまず混乱します。どこで作るか(調音位置)と、声を出すか(有声・無声)の2軸で整理すると、7つが一気に見通せます。
| 作る場所(奥←→手前) | 声を出さない | 声を出す |
|---|---|---|
| 声門(喉の一番奥、声帯の位置) | ء ʾ(閉じる)ه h(息を通す) | — |
| 咽頭(喉の奥の壁) | ح ḥ | ع ʿ |
| 口蓋垂(のどちんこ) | ق q(破裂) | — |
| 軟口蓋〜口蓋垂(上あごの奥) | خ kh | غ gh |
ح と ع は同じ場所で作る音で、違いは声を出すかどうかだけです。同様に خ と غ もペアです。この対応が分かると、覚える負担が半分になります。
ه h — 唯一日本語にある音
日本語の「は・へ・ほ」の子音とまったく同じです。ここは苦労しません。
例: هُوَ (huwa / 彼)
ء ʾ — 喉を閉じる音
日本語の「あっ!」と言って途切れるときの、喉の詰まりの音です。「あ」と「い」を「あ・い」と区切って言うときにも自然に出ています。
日本語話者は無意識に出せている音ですが、それが独立した子音だと認識するのが難しい音です。
例: سَأَلَ (saʾala / 彼は尋ねた)
ح ḥ — 喉を締めて出す強い息
喉の奥(咽頭)を狭めて、息を強く押し出します。冬に手を温めるとき「はぁー」と息を吹きかけますが、それを喉の奥を締めながらやる音です。
ه h との違いは、喉を締めるかどうか。خ kh との違いは、ザラザラした摩擦がないことです。
例: حَال (ḥāl / 状態)
ع ʿ — 最難関
ح と同じ場所を締めながら、声を出す音です。日本語にはまったく対応する音がありません。
コツは、ح の口の形のまま声帯を震わせること。うめき声のような、喉が詰まった「アー」に聞こえます。
日本語話者は ع を「何も発音しない」あるいは ء と同じ音として処理してしまいがちですが、別の音として区別されます。
例: عَرَبِيّ (ʿarabiyy / アラビアの)
خ kh — 痰を切る音
上あごの奥に舌の後ろを近づけて、ザラザラした摩擦音を出します。日本語で痰を切るときの「カーッ」に近く、ドイツ語 Bach の ch と同じ音です。
例: خَال (khāl / 母方のおじ)
غ gh — うがいの音
خ と同じ場所で、声を出しながら摩擦させます。うがいをするときの音、フランス語の r と同じです。
例: غَرْب (gharb / 西)
ق q — 喉の奥の「カ」
日本語の「カ」(ك)よりずっと奥、のどちんこの位置で舌を当てて破裂させます。
日本語話者は ك と同じ音で発音してしまいがちですが、これは意味を変えます。
例: قَلْب (qalb / 心) ↔ كَلْب (kalb / 犬)
難所2:強勢音(重い音)
ص ض ط ظ の4文字は強勢音(حُرُوف مُفَخَّمَة)と呼ばれ、それぞれ س د ت ذ の「重い版」です。
作り方は共通で、舌の後ろを持ち上げて喉の奥を狭めながら発音します。口の中の空間が狭くなり、音がこもって重く響きます。
| 軽い音 | 転写 | 重い音 | 転写 | |
|---|---|---|---|---|
| س | s | ↔ | ص | ṣ |
| د | d | ↔ | ض | ḍ |
| ت | t | ↔ | ط | ṭ |
| ذ | dh | ↔ | ظ | ẓ |
強勢音そのものの違いを聴き取るのは、慣れないうちは困難です。しかし強勢音の隣にある母音は、はっきり変化します。
aが「ア」から「オ」に近い重い音になるiが「イ」から「エ」に近い音になる
つまり سَيْف (sayf) は「サイフ」に近く、صَيْف (ṣayf) は「ソイフ」寄りに聞こえます。子音ではなく母音の色を手がかりにすると、聴き分けがぐっと楽になります。
なお ض はアラビア語に特徴的な音とされ、アラビア語自体が「ض の言語」(لُغَة الضَّاد) と呼ばれることがあります。
難所3:ل と ر の区別
日本語のラ行は、l と r のちょうど中間にある音(舌先で歯茎を一度弾く音)です。そのため日本語話者は、ل と ر をどちらも「ラ」で処理してしまいます。
| 文字 | 転写 | 出し方 |
|---|---|---|
| ل | l | 舌先を上の歯茎に付けたまま、脇から息を流す。英語 light の l |
| ر | r | 舌先を震わせる(巻き舌)。スペイン語・イタリア語の r |
ل は「舌を離さない」、ر は「舌を震わせる」。日本語のラ行はそのどちらでもありません。巻き舌が苦手な場合でも、せめて ل のときは舌を付けたままにすることを意識すれば、区別は伝わります。
難所4:日本語の音でつい代用してしまう子音
| 文字 | 転写 | 日本語話者がやりがちな誤り | 正しくは |
|---|---|---|---|
| ث | th | س s で代用する | 舌先を上下の歯で軽く挟む。英語 think の th |
| ذ | dh | ز z で代用する | ث の有声版。英語 this の th |
| ز | z | 語頭で「ヅ」(dz) になる | 舌を歯茎に付けず、最初から摩擦音で出す |
| ف | f | 日本語の「フ」(両唇で作る音)で代用する | 上の歯を下唇に当てる。英語の f |
| و | w | wi wu が言えず「ウィ」「ウ」になる | 唇を丸めて w を保つ |
| ي | y | yi ye が言えない | ヤ行の子音を i や e の前でも保つ |
| ش | sh | — | 日本語の「シ」の子音とほぼ同じ。ここは易しい |
| ج | j | — | 日本語の「ジャ」に近い。ここも易しい |
日本語のザ行は、語頭では dz(ヅァ)、語中では z という2つの発音を持っています。「財布」は dzaifu に近く、「風邪」は kaze です。
アラビア語の ز は常に z なので、語頭でも dz にならないよう意識してください。زَيْت (zayt / 油) は「ヅァイト」ではなく zayt です。
難所5:子音の連続に母音を入れない
3. 母音記号 でも触れましたが、これは繰り返す価値があります。
日本語の仮名は子音と母音がセットになっているため、日本語話者は子音が連続すると無意識に母音を挿入します。
| 単語 | 正しい読み | やりがちな誤り |
|---|---|---|
| كَتَبْتُ | katabtu | katabutu(カタブトゥ) |
| قَلْب | qalb | qalbu(カルブ) |
| بِنْت | bint | binto(ビント) |
スクーンが付いた文字を見たら、そこで母音を入れない。 これだけで発音の精度が大きく上がります。
ミニマルペアで確認する
意味が変わる境目を、実際の単語のペアで確認しておきましょう。この一覧が、音声教材を聴くときのチェックリストになります。
| 区別 | 単語A | 単語B |
|---|---|---|
| q ↔ k | قَلْب (qalb / 心) | كَلْب (kalb / 犬) |
| ḥ ↔ kh | حَال (ḥāl / 状態) | خَال (khāl / 母方のおじ) |
| ḥ ↔ h | سَحَر (saḥar / 夜明け) | سَهَر (sahar / 夜更かし) |
| ʾ ↔ ʿ | سَأَلَ (saʾala / 尋ねた) | سَعَلَ (saʿala / 咳をした) |
| s ↔ ṣ | سَيْف (sayf / 剣) | صَيْف (ṣayf / 夏) |
| t ↔ ṭ | تِين (tīn / イチジク) | طِين (ṭīn / 泥) |
| d ↔ ḍ | دَلَّ (dalla / 指し示した) | ضَلَّ (ḍalla / 道に迷った) |
| th ↔ s | ثَارَ (thāra / 蜂起した) | سَارَ (sāra / 進んだ) |
| 短母音 ↔ 長母音 | عَلَم (ʿalam / 旗) | عَالَم (ʿālam / 世界) |
| 短母音 ↔ 長母音 | مَلِك (malik / 王) | مَالِك (mālik / 所有者) |
| シャッダなし ↔ あり | دَرَسَ (darasa / 勉強した) | دَرَّسَ (darrasa / 教えた) |
3つ組で区別する
ذ dh、ز z、ظ ẓ は、日本語話者にはすべて「ザ」に聞こえがちですが、まったく別の3つの単語を作ります。
| 単語 | 転写 | 意味 |
|---|---|---|
| ذَلَّ | dhalla | 卑しめられた |
| زَلَّ | zalla | 滑った |
| ظَلَّ | ẓalla | 〜し続けた |
優先順位
すべてを一度に完璧にする必要はありません。意味の取り違えに直結する順に挙げると、次のようになります。
- 母音の長短(日本語話者は元々できる。意識するだけ)
- シャッダの有無(同上)
- 子音連続に母音を入れない(意識すれば直る)
- ق と ك の区別(練習が必要だが、位置を覚えれば出せる)
- 強勢音(母音の色を手がかりにする)
- ع と ح(最も時間がかかる。焦らなくてよい)
1〜3 は今日から直せます。ここだけでも意識すれば、通じ方が大きく変わります。
練習
問題 1: 喉から出す7つの音のうち、日本語にそのまま存在するのはどれですか?
問題 2: ح と ع の関係として正しいものはどれですか?
問題 3: قَلْب と كَلْب の意味の組み合わせとして正しいものはどれですか?
問題 4: 強勢音(重い音)に分類されるのはどのグループですか?
問題 5: 強勢音を聴き分けるコツとして有効なのはどれですか?
問題 6: ل と ر について、日本語話者が陥りやすい問題はどれですか?
問題 7: كَتَبْتُ を「カタブトゥ」と読むと何が問題ですか?
問題 8: ف を発音するときの正しい口の形はどれですか?
問題 9: ذَلَّ・زَلَّ・ظَلَّ の3つはどういう関係ですか?
問題 10: 「夏」を意味する صَيْف のローマ字転写を書きなさい。
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