1. 格変化 (اَلْإِعْرَاب - al-iʿrāb)
アラビア語文法の最初の課がこれである理由は単純で、格変化を知らないと、他のすべての課が理解できないからです。
文字と発音 8. 格語尾の読み方 では「読むための地図」として格を紹介しました。この課では、それを文法として使えるレベルまで詰めます。
なぜ格が必要なのか
日本語では、語順を変えても助詞が役割を教えてくれます。
- 少年が リンゴを 食べた
- リンゴを 少年が 食べた ← 語順が変わっても意味は同じ
アラビア語もこれと同じことを、語尾の母音でやります。
أَكَلَ الْوَلَدُ التُّفَّاحَةَ.
akala l-waladu t-tuffāḥata.(少年がリンゴを食べた)
- الْوَلَدُ は語尾が -u → 食べた人(主語)
- التُّفَّاحَةَ は語尾が -a → 食べられたもの(目的語)
役割を決めているのは語順ではなく語尾です。 だからこそ、語尾を読み飛ばすと誰が何をしたのか分からなくなります。
3つの格
| 格 | アラビア語名 | 語尾 | 日本語の助詞で言うと |
|---|---|---|---|
| 主格 | مَرْفُوع marfūʿ | -u | 〜が、〜は |
| 対格 | مَنْصُوب manṣūb | -a | 〜を |
| 属格 | مَجْرُور majrūr | -i | 〜の、前置詞の後 |
「主格・対格・属格」という用語は今後ずっと出てくるので、ここで覚えてしまってください。
語尾の全体表
格は、定か不定か、単数か双数か複数かによって、現れ方が変わります。この表がアラビア語の名詞変化のすべてです。
単数
| 不定 | 定 | |
|---|---|---|
| 主格 | طَالِبٌ ṭālibun | الطَّالِبُ aṭ-ṭālibu |
| 対格 | طَالِبًا ṭāliban | الطَّالِبَ aṭ-ṭāliba |
| 属格 | طَالِبٍ ṭālibin | الطَّالِبِ aṭ-ṭālibi |
不定のときはタンウィーン(-n の音)が付き、定冠詞 الـ が付くと消える——という関係です。
双数・複数
双数と男性規則複数では、対格と属格が同じ形になります。 この2つをまとめて斜格と呼びます。
| 種類 | 主格 | 斜格(対格・属格) |
|---|---|---|
| 双数 | ـَانِ -āni | ـَيْنِ -ayni |
| 男性規則複数 | ـُونَ -ūna | ـِينَ -īna |
| 女性規則複数 | ـَاتٌ -ātun | ـَاتٍ -ātin |
| 不規則複数 | 単数と同じ(-un / -an / -in) | — |
| 例 | 主格 | 斜格 |
|---|---|---|
| 2人の学生 | طَالِبَانِ ṭālibāni | طَالِبَيْنِ ṭālibayni |
| (複数の)エンジニア | مُهَنْدِسُونَ muhandisūna | مُهَنْدِسِينَ muhandisīna |
| (複数の)女性教師 | مُعَلِّمَاتٌ muʿallimātun | مُعَلِّمَاتٍ muʿallimātin |
| (複数の)本 | كُتُبٌ kutubun | كُتُبًا / كُتُبٍ |
-in女性規則複数 ـَات は、対格でも -an にならず -in(ـَاتٍ) になります。他の名詞と違う挙動なので、ここは個別に覚えてください。
رَأَيْتُ مُعَلِّمَاتٍ raʾaytu muʿallimātin(私は女性教師たちを見た)
不規則複数(كُتُب のような形が崩れる複数形)は、単数と同じルールで格変化します。形が複雑なだけで、語尾は普通です。
どこで主格になるか
1. 動詞文の主語
ذَهَبَ الطَّالِبُ إِلَى الْمَدْرَسَةِ.
dhahaba ṭ-ṭālibu ilā l-madrasati.(学生は学校へ行った)
2. 名詞文の主語と述語(両方とも主格)
الطَّالِبُ نَشِيطٌ.
aṭ-ṭālibu nashīṭun.(その学生は勤勉だ)
主語 الطَّالِبُ も述語 نَشِيطٌ も -u です。日本語の感覚では述語に「が」は付かないので違和感がありますが、アラビア語の名詞文では主語・述語がともに主格になります。詳しくは 4. 名詞文 で扱います。
どこで対格になるか
1. 動詞の目的語
قَرَأَ الْوَلَدُ كِتَابًا.
qaraʾa l-waladu kitāban.(少年は本を読んだ)
2. 時・場所・様態を表す副詞的な語
سَأَذْهَبُ غَدًا.
sa-adhhabu ghadan.(私は明日行きます)
غَدًا(明日)が対格なのは、それが副詞として働いているからです。شُكْرًا(ありがとう)、جِدًّا(とても)、أَهْلًا(ようこそ)——挨拶や副詞に -an が多いのは、すべてこの理由です。
初学者は شُكْرًا を「なぜ目的語でもないのに対格なのか」と疑問に思いますが、副詞的用法は対格という原則を知っていれば一貫して説明できます。
どこで属格になるか
1. 前置詞の後
فِي الْبَيْتِ ・ مِنَ الْمَدْرَسَةِ ・ عَلَى الطَّاوِلَةِ
前置詞の後の名詞は、例外なく属格です。これは非常に強い規則で、覚えておくと読解が楽になります。詳しくは 10. 前置詞 で扱います。
2. イダーファ(名詞をつなぐ構文)の後ろ側
بَابُ الْبَيْتِ
bābu l-bayti(その家のドア)——「ドア」は文中の役割に応じた格、「家の」は属格で固定です。詳しくは 9. イダーファ で扱います。
格が現れない語
すべての語に格語尾が現れるわけではありません。次の3種類は、3つの格すべてで同じ形になります。
1. 接尾代名詞 ي(私の)が付いた語
بَيْتِي(baytī / 私の家)は、主語でも目的語でも「〜の」でも baytī のままです。格の区別は表面に現れません。
2. 語末が ى の語
مُسْتَشْفَى(mustashfā / 病院)のような語は、格によって形が変わりません。
3. 二段変化名詞
一部の名詞はタンウィーンを取らず、対格と属格が同じ -a になります。
| 通常の名詞 | 二段変化名詞 | |
|---|---|---|
| 主格 | كِتَابٌ -un | فَاطِمَةُ -u |
| 対格 | كِتَابًا -an | فَاطِمَةَ -a |
| 属格 | كِتَابٍ -in | فَاطِمَةَ -a |
該当するのは、多くの固有名詞、色や形を表す形容詞(أَحْمَرُ / أَبْيَضُ)、特定のパターンの不規則複数などです。ただし定冠詞 الـ が付くか、イダーファの後ろ側に立つと、通常通り -i になります。
詳しくは 中級 14. 二段変化名詞 で扱います。今は「タンウィーンが付かない名詞がある」と知っておけば十分です。
実践:格を判定する手順
文を読むとき、名詞に出会ったら次の順に自問してください。
- 直前に前置詞があるか? → あれば属格
- 直前の名詞とセットで「AのB」になっているか? → 後ろ側なら属格
- 動詞の目的語か? → 対格
- 時や様態を表しているか? → 対格
- どれでもない? → 主格
この5ステップで、初級範囲の名詞はほぼ判定できます。
やってみる
كَتَبَ الطَّالِبُ رِسَالَةً فِي غُرْفَةِ الدَّرْسِ.
kataba ṭ-ṭālibu risālatan fī ghurfati d-darsi.(学生は教室で手紙を書いた)
| 語 | 格 | 理由 |
|---|---|---|
| الطَّالِبُ -u | 主格 | 動詞の主語 |
| رِسَالَةً -an | 対格 | 動詞の目的語 |
| غُرْفَةِ -i | 属格 | 前置詞 فِي の後 |
| الدَّرْسِ -i | 属格 | イダーファの後ろ側 |
まとめ
- アラビア語は語尾の母音で単語の役割を示す(日本語の助詞に相当)
- 主格
-uは「〜が」、対格-aは「〜を」、属格-iは「〜の・前置詞の後」 - 不定はタンウィーン(
-un-an-in)、定冠詞が付くとタンウィーンは消える - 双数・男性規則複数は形そのものが変わり、対格と属格が同じ(斜格)
- 女性規則複数は対格でも
-in - 接尾代名詞 ي が付いた語、ى で終わる語、二段変化名詞は例外的な振る舞いをする
読んだときに語尾から役割が分かるところまでで十分です。自分で書くときに正しい格を選べるようになるのは、この先の各課で構文を1つずつ学んでからになります。